先日無事40回目の誕生日を迎え、多くの方からFacebookに温かいメッセージをいただきました!ありがとうございました!
そしてそんなメッセージを頂いておきながら不躾ですが、Facebookにおけるおめでとうメッセージのあり方について考えてみたいと思います。
Facebookのおめでとうメッセージのあり方
僕は結構マメなところがあって、Facebookが流行る前は会った人の誕生日をちゃんと覚えていて、その人の誕生日にはおめでとうメールを送ってたんですよ。
それは当時なかなか他の人には出来ないことで、だからこそ価値があったし喜んでもらえたと思ってます。
しかし、大きな転機が訪れます。
Facebookが登場し、自動的に誕生日の人を教えてくれるようになったのです。
なぜそれが転機なのか
そりゃ転機だよね。今まで自分が価値だと思ってやってたことが、スマホでFacebook開くだけで誰でも出来るようになっちゃったんだから。
それでもFacebook黎明期は、僕も「おめでとうございます」って書いてました。
この頃は、今まで誕生日メッセージが来なかった人がみんなから一斉にメッセージ受け取るようになるわけだから、喜んでもらえたわけです。
でも「この頃」ってことは今は違うってこと。
前述の通りおめでとうメッセージをみんなが受け取るようになり、それが当たり前になったことで、『単に「おめでとう」と言うだけの行動』に価値は無くなったと思う。
てことは、「おめでとうメッセージ」にも新たな価値が必要だってことだよね。
実は、これと同じような現象が日本では何十年も前から横行してるんだけど、何だと思う?
そう、年賀状。
みんなは印刷で「謹賀新年」とだけ書かれた年賀状ってもらって嬉しい?
正直嬉しくないし、記憶にも残らないよね。むしろマイナスの印象じゃないかな。
その印刷の横に手書きで個別のメッセージがあるから、その年賀状に価値が出るし、もらった人が嬉しくなるんだと思わない?
Facebookでの誕生日メッセージも同じなのだ。
僕は、もしFacebookでおめでとうメッセージを送るなら、年賀状の個別メッセージにあたるものを付加しなければ、せっかくの行為が逆効果になるんじゃないかなと思う。
個別メッセージの意味
なぜ僕がこれほどまでに、個別メッセージにこだわるのか。
それは、個別メッセージを添えるという事は、例え短い時間でもその相手のことをきちんとその時に思い浮かべたんですよということに他ならないから。
その気持ちは文面から必ず相手に伝わる。
そして逆に、相手のことを思い浮かべずにメッセージしたなということも必ず伝わる。
だからこそ、せっかくメッセージを書くのであれば、マイナスイメージを付けないようにしてほしいのです。
まとめ
今まで朝Facebookを開いたら出てくる今日お誕生日の人に機械的に「おめでとうございます」って打ってた人は、ぜひその人のことをあと10秒深く考えて、もう一言添えてみて。
もちろん「ありがとうございます」っていう側も同じ。
そうすれば、無味乾燥な「おめでとうございます」「ありがとうございます」のやり取りに新たな息吹が吹き込まれるんじゃないかな。
え?書くことが思いつかないって?
そんな人には無理にメッセージ書く必要がないと思うよ。
でも、そんな殺生な…と思われる方は、せめて「〇〇さん、おめでとうございます」と名前入れてあげてみて。
それだけでもメッセージが個別化されて、価値が少し上がると思うよ。